こんにちは!
慈厳です。
みかんの花が咲いている
思い出の道 丘の道
はるかに見える青い海
お船が遠く浮かんでる皆さんこの歌を知っていますか?聞いたことありますか?
←ポチッとお願いします。
↓Open.
伊東市宇佐美から県道19号を伊豆の国市方向へと車を走らせます。
宇佐美観音寺を過ぎ、まもなく左側に「みかんの花咲く丘」の歌碑を見つけます。
海を望む山の中腹、日当たりもよく時々車を降りて碑に見入る人を見受けます。
この歌は昭和21年8月24日 日本で最初の東京のスタジオと現地を結ぶNHKの実況放送の時に歌われました。
現地とはもちろん伊東市です。
昭和21年といえば、太平洋戦争が終結して1年過ぎたばかりです。戦争中は国の統制経済政策により金持ちも貧乏人も平等に配給(食料)されていましたが、終戦により統制が利かなくなり金持ちは食べれても国民大多数は飢えていました。
配給の主食だけではとても足りず、不要の着物などを農家に持って行き米と交換したりしました。(これを「買い出し」と言います)
せっかく交換した食料も帰りの駅で経済警察に捕まって取り上げられたり、摘発を逃れるため女の人は妊婦を装い腹に巻いたり小さな子供に背負わせて警察をだましたり、駅に着く寸前に列車から飛び降りて逃げたりといった今からは想像も出来ない時代でした。
当時はテレビもなくラジオ放送が唯一の娯楽でした。
8月24日の実況放送は成功し、「みかんの花咲く丘」は国民の一大愛唱歌となりました。歌った人は川田正子さん、作詞は富士市出身の加藤省吾先生、作曲は長野県松代出身の海沼実先生でした。
海沼先生は童謡ひと筋の作曲家で終戦により戦地から無事に父や夫に早く帰って来て欲しいと願う留守家族を歌った「里の秋」の他童謡「お猿のかごや」の作曲家としても有名です。
加藤先生は「みかん」の他「かわいい魚屋さん」「山寺の和尚さん」「月光仮面の歌」など多数の作詞をされました。
川田正子さんも「汽車ポッポ」や叙情歌の「浜千鳥」など多数のヒット曲があります。
60年以上の年月を過ぎてなお、歌は世代を超えて歌い継がれています。
今日も明るい太陽の光の中で碑の前に青い海が広がっています。


慈厳合掌
Close.↑